目と健康シリーズ No.12

Eye & Health
 


編集
杏林大学医学部眼科教授
平形 明人 先生

特集:網膜裂孔・網膜剥離


 

も く じ

 
網膜って、カメラのフィルムに似た、眼の奥の膜だったよね。そのフィルムに「裂孔れっこう」ができたり、フィルムが「剥離はくり」しちゃうんだろうなア。うんうん。

ゆがんだフィルムで写真を撮ると…

 
 
 網膜は、眼底と呼ばれる眼の奥一面に広がっている薄い膜状の組織です。眼の中に入った光が映し出される所で、カメラのフィルムまたは撮影素子に相当します。その網膜の亀裂や穴を「網膜裂孔れっこう」といい、「網膜剥離はくり」の主要な原因です。

 網膜剥離とは、網膜が眼底から剥がれてしまう病気です。正確にいうと、網膜は感覚網膜という光を感じとる層と、その土台となっている色素上皮しきそじょうひと呼ばれる層があって、感覚網膜が色素上皮から剥がれるのが網膜剥離です。

 感覚網膜の外層の細胞(視細胞など)が必要としている栄養は、網膜の外側(脈絡膜みゃくらくまく)から色素上皮を経由して供給されています。網膜剥離のために栄養補給が途絶えると、感覚網膜の光に対する感度が低下してしまいます。破れて品質が悪化したフィルムではまともな写真が撮れないのと同じで、網膜剥離が起きると、視野や視力に影響が現れます。

裂孔による剥離と、それ以外の剥離

 
 
 網膜剥離は、その起こり方から「裂孔原性れっこうげんせい」と「非裂孔原性」というタイプに分けられます。非裂孔原性の網膜剥離は、なにかの病気に続発して起こるもので、その病気自体が治療対象となります。このページでは、網膜裂孔が原因で起こる「裂孔原性網膜剥離」に絞って解説します。
 

本文の解説とは別の「非裂孔原性網膜剥離」について、簡単に解説します。
滲出性網膜剥離しんしゅつせいもうまくはくり
 
牽引性網膜剥離けんいんせいもうまくはくり
 感覚網膜の下に滲出液が貯留して、そのために網膜が浮き上がって剥離するタイプです。眼底の炎症や腫瘍、腎臓病や妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)などで起こります。  糖尿病網膜症などの網膜の血管閉塞性疾患へいそくせいしっかん(虚血きょけつ性疾患)では、新たに発生する新生血管の影響で、網膜と硝子体しょうしたいの間に増殖ぞうしょく膜ができ、両者が強く癒着ゆちゃくします。そうすると増殖膜が収縮して網膜が牽引され、剥離します。

網膜裂孔の原因と症状、対処法

網膜裂孔のでき方

 まず、なぜ網膜裂孔ができるのかについてお話しします。

中高年者の場合:加齢による硝子体しょうしたいの変化

 眼球の内部は「硝子体」という無色透明のゼリー状の組織で満たされていて、網膜はその硝子体の表面と接しています。年とともに硝子体は少しずつサラサラした液体に変化し、ゼリー状の液体の中に空洞ができ(液化変性)、その容積が減ってきます。硝子体の液化が進行すると、硝子体と後方の網膜が離れてすき間ができます。これは、60歳前後に多くみられ、「後部硝子体剥離こうぶしょうしたいはくり」といいます。

 この現象は加齢変化による生理的なものです。しかし後部硝子体剥離が生じる際に、硝子体と網膜が強く癒着ゆちゃくしている場合、または、網膜が弱くなっている場合には、収縮する硝子体に引っ張られるかたちで網膜が引き裂かれ、亀裂や穴、つまり網膜裂孔ができることがあります。

 後部硝子体剥離は50歳以降に生じることが多いので、このメカニズムによる網膜裂孔は中高年者に起こります。

    
 
 
 
若いときは眼球内部が硝子体で満たされている 年とともに硝子体が収縮し、後部硝子体剥離が起きる その際、網膜と硝子体の癒着が強いと…網膜裂孔ができることがある

 
 
正視(近視でない正常な眼) 近視。網膜の面積が広がり、その分、網膜が薄くなって円孔ができる

若い人の場合:強い近視や目の外傷

 近視の度が強い人は、眼球の長さ(奥行き)がふつうより長いために、眼球の壁も薄くなり、網膜にも薄く変性した部位ができることがあります。このような薄い網膜が萎縮いしゅくして、円孔えんこうという丸い裂孔ができることがあります。

 このメカニズムによる網膜裂孔は、比較的若い人に多くみられます。このほか、スポーツなどでの眼球打撲を受けると、急激に眼球が変化して網膜裂孔が生じることもあります。激しいスポーツをする若い人によくみられます。

飛蚊症ひぶんしょうや光視症こうししょうの症状の変化に注意

 
 網膜裂孔ができるときに、「飛蚊症」を自覚することがあります。飛蚊症とは、目の前(視野)にひも状あるいは膜状の濁りなどの浮遊物が生じ、これが眼球の動きについてまわる症状です。明るい所で、あたかも「蚊が飛んでいるように見える」と表現されます。

 ほとんどは加齢変化や近視変化による硝子体混濁によりますが、治療が必要なケースもあります。治療が必要かそうでないかを症状から区別することはできません。ですから飛蚊症を初めて自覚したときや、その症状が変化したときには、眼科で検査を受けてください。

 ※ 詳しくは
シリーズNo.31をご覧ください。

 目の前に閃光せんこうが走る「光視症」も、網膜裂孔が生じる際によく現れる症状です。硝子体が網膜を引っ張る際の刺激が、視覚信号(光)として認識されるためです。飛蚊症に加えて光視症を感じた場合、網膜剥離に進行する確率がやや高いといわれています。
 
レーザー光凝固

経過観察と、網膜剥離の予防的な治療

 網膜裂孔の一部は網膜剥離に進行します。それを早く発見できるように、眼科を受診し、治療が必要な網膜裂孔なのかどうか診断してもらう必要があります。

 眼科では眼底検査をして、網膜剥離に進む可能性が高いと考えられる場合に、その進行を食い止める治療を行います。裂孔周囲の網膜に人工的な瘢痕はんこんを作るのです。瘢痕を作るには、瞳孔どうこうからレーザー光を照射する「レーザー光凝固ぎょうこ」か、強膜きょうまく(眼球の最も外側の膜)ごしに行う「熱凝固・冷凍凝固」という方法をとります。

 凝固によってできた傷は治る過程で瘢痕となり、感覚網膜と色素上皮を癒着させます。これにより網膜剥離へ進行する確率が低くなります。ただし、凝固後に瘢痕ができるまでに数週間かかり、その間は未治療と同じ状態ですし、瘢痕ができてからでも剥離する可能性もあるので、やはり経過観察は大切です。

網膜裂孔が網膜剥離に進むとき

感覚網膜の下の水分が剥離を拡大する

 
  
網膜裂孔 網膜剥離 網膜剥離が起きた眼の眼底写真
 網膜裂孔がある眼球の内部には、硝子体が液化した水分があります。その水分は、網膜裂孔の穴から感覚網膜の裏側(色素上皮との間)に入り込もうとします。

 いったん水分が入り込むと、眼を動かしたときなどに、感覚網膜を剥離するように働きます。網膜裂孔の位置や大きさ、入り込んだ水の量、眼球運動が激しいなどの条件次第で、網膜剥離の進行の程度が異なります。

網膜裂孔の症状+視野欠損や視力低下

 
 網膜剥離の症状を挙げてみましょう。

飛蚊症
 網膜剥離が起きると、飛蚊症の症状が一段と気になり出します。もともとあった硝子体の濁りが眼球内で変化したり、裂孔ができた際に生じた出血が影となって、網膜に映し出されるためです。視野の中に煙が湧くように感じることもあります。

視野欠損
 剥離した網膜は感度が低下します。そのため剥離部分に対応する視野が見えなくなる「視野欠損」という症状が現れます。例えば下の網膜が剥離すると上方の視野が欠けます。ただ、左右両目で見ているため、視野欠損が軽度だと気付かないことが珍しくありません。

視力低下
 網膜の中央を「黄斑おうはん」といい、細かい物を見る能力が格段に高い部分です。この部分の網膜の働きによって視力が決まります。ですから剥離が黄斑にまで広がると、視力が急に低下します。物がゆがんで見える「変視症へんししょう」を自覚することもあります。

若い人と中高年者の病状の違いについて

 中高年者に多い後部硝子体剥離に伴う網膜裂孔による剥離は、硝子体による網膜裂孔の牽引が強いため、比較的短期間で進行します。飛蚊症の変化を自覚しやすく、視野欠損も急速に進行しやすいタイプです。

 若い人に多い、強度近視に合併する網膜変性部の萎縮性円孔は、硝子体の牽引が少ないので、あまり剥離まで進行しません。剥離が起きるときも、ゆっくり進行します。進行が遅いことに加え、近視の人はもともと視力が悪く、以前から飛蚊症を感じていることも多いので、かなり進行するまで症状の変化に気付きません。コンタクトレンズ検診などで偶然、裂孔や剥離が見つかることがよくあります。

  中高年の人と若い人の網膜裂孔・剥離の違い(典型的な場合)  
中高年の人若い人
おもな原因後部硝子体剥離強度の近視、外傷
裂孔の形弁状(馬蹄型)裂孔円孔
剥離の起きやすさ起こりやすい起こりにくい(外傷以外)
剥離の発病年齢50〜60歳代がピーク20歳代にやや多い
剥離の進行速度早い遅い
剥離時の症状飛蚊症や光視症がひどくなったり、視野欠損、視力低下、変視症が比較的急に現れる 飛蚊症のほかには、自覚症状がないことが多い。進行すると、視野欠損、視力低下

失明予防のカギは、早期発見・早期治療

 いったん網膜剥離が起きると、時間とともに剥離の範囲が広がります。また、剥離した網膜の細胞には栄養が十分に届かないので、徐々に機能が失われていきます。網膜細胞の機能が完全に失われてしまうと、それから治療しても視力や視野があまり回復しません。失明に至ることもあります。近年は治療法が発達して失明の確率が減っていますが、早期治療が重要なことに変わりありません。網膜剥離と思われる症状があれば、すぐに眼科を受診してください。

◆網膜剥離を早く見つける方法◆
 片ほうの目を隠してチェックし、気になることがあれば、診察を受けてください。
視力が落ちていないか
物がゆがんで見えていないか
見えにくい部分はないか
飛蚊症がひどくなっていないか
 
◆網膜剥離の危険因子◆
 次の危険因子が該当する人は、よりこまめにチェックしてください。
網膜裂孔がある…本文参照
強い近視。目の外傷後「網膜裂孔のでき方」の項参照
目の手術を受けたことがある…水晶体を摘出する白内障はくないしょうの手術をすると、硝子体が変化して後部硝子体剥離が起きやすくなります。白内障以外の手術でも、影響が現れる可能性があります。
アトピー性皮膚炎…アトピー性皮膚炎が目の周りにみられる患者さんは、網膜剥離になりやすいようです。目をこするなどの行為が、網膜に負担をかけるためではないかと考えられています。
網膜剥離が起きたことがある、または血縁者に網膜剥離の患者さんがいる…網膜が弱い体質と考えられます。

手術で剥離を元に戻し、裂孔を塞ぐ

 網膜剥離には、剥がれた網膜を復位ふくいし(元の位置に戻し)、裂孔を塞ふさぐ手術を行います。眼球の中から修復する方法と、眼球の外から修復する方法があります。

眼球の内側から修復する「硝子体手術」

 網膜裂孔・剥離の原因となった硝子体を切除してしまう方法です。硝子体を切除し、眼球内の液体を空気に置き換え、剥離した網膜を外側の色素上皮に接着させます。そして裂孔の周囲をレーザーなどで凝固します。網膜の復位と固定が終わったあと、眼球内の空気を、吸収の遅いガスに置き換えます。ガスが自然に抜けるまでの数日間、剥離していた網膜は眼底に押えつけられた状態に維持され、より強固に復位します。

 この方法は、後部硝子体剥離による牽引が強いときや大きな裂孔があるときなどに行われる術式です。技術が進歩し、近年はこの方法による手術が増えています。

 なお、凝固した箇所が瘢痕になって完全に固定されるまで数週間かかります。固定がまだ不安定な手術直後の数日は、ガスが剥離部分に当たる姿勢(通常はうつ伏せ)を保ちます。

眼球の外側から修復する「強膜内陥ないかん術」

 網膜裂孔のある強膜の外側にシリコンスポンジを縫いつけ、眼球を内側に凹へこませて、感覚網膜と色素上皮のすき間を縮めます。そうすることで硝子体の牽引を弱めておき、裂孔・剥離部分を凝固し、復位・固定します。感覚網膜の下に水分が多量に溜まっている場合は、強膜に穴を開けて水分を排出し、網膜の復位を助けます。硝子体手術と同様に、眼球内にガスを注入する方法を併用することもあります。




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網膜剥離の予防的治療(レーザー光凝固など)をするかしないかは、どう判断するのですか?
裂孔の形や位置、大きさなどから、剥離への進行のしやすさ、剥離した場合の視機能への影響を推測し、網膜にレーザーなどで瘢痕をつけるという治療のマイナス面と比較し判断します。
網膜剥離の治療で、視力が回復する人としない人の差はなんですか?
剥離が黄斑に及んでいるか否かが大きく左右します。剥離の範囲が広くても黄斑がしっかりしていれば、視野に影響は出るものの視力は大丈夫です。回復の程度は、剥離後に治療を受けるまでの時間などが関係します。
 
網膜剥離と診断されてから手術を受けるまでに注意することがあれば教えてください。
目を動かすと剥離が広がりやすくなりますから、基本的には安静が望まれます。裂孔の位置など、剥離のタイプによって必要な安静度が異なります。主治医の指示を守ってください。
網膜剥離が再発する可能性は?
剥離のタイプによって異なります。統計的には9割以上が1回の手術で治ります。再発する場合は2〜3カ月以内に起こることが多く、術後半年たって病状が安定していれば、ひとまず安心できます。


シリーズ監修:堀 貞夫 先生 (西葛西・井上眼科病院院長、東京女子医科大学名誉教授)
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2012年6月改訂