目と健康シリーズ No.5

Eye & Health
 


編集
市立札幌病院眼科部長
竹田 宗泰 先生

特集:網膜静脈閉塞症


 

も く じ

 網膜静脈閉塞症、難しそうな名前だネ。でも、眼底出血っていう病名は、みんなも知ってるでしょ? どうやら眼底出血は、この病気が原因で起こることが多いらしいの。だけどこの病気、眼底出血だけじゃなくて、ほかにもいろんなことが眼の中に起きてくるみたい…

網膜静脈閉塞症とは

 網膜静脈閉塞〈へいそく〉症とは、文字通り、網膜の静脈が閉塞する(血管が詰まって血液が流れなくなる)病気です。糖尿病網膜症と並び、眼底出血を起こす代表的な原因に挙げられます。
 まずは、網膜静脈閉塞症がどんな病気なのか、簡単な説明から始めましょう。

血圧の高い高齢者に起きやすい

 網膜静脈閉塞症は、50歳以上の年配の方に起きやすい病気ですが、さらに高血圧と深い関連があります。静脈閉塞が起きた患者さんの80パーセントは、高血圧のある人です。これは、高血圧によって、網膜(眼球の内側に張り巡らされている膜で、瞳孔〈どうこう〉から入った光が焦点を結ぶ所。カメラのフィルムに相当)の血管が痛められること(動脈硬化)が影響しています。
 高血圧のほかに、血管自体の炎症により発症したり、糖尿病などの血液の粘性が増す病気がある場合にも、発症しやすくなります。

 


眼底出血のようす

視力が低下し視野が欠け、ときに失明

 静脈が詰まると、そこまで流れてきた血液の行く手が阻まれ、末梢〈まっしょう〉側(心臓からより遠い方)の静脈から血液があふれ出します。あふれた血液は、網膜の表面にカーテンのように広がる眼底出血となったり、網膜内に閉じ込められ網膜浮腫〈ふしゅ〉(網膜の腫れ)を起こします。
 このときの症状は、眼底出血では出血が広がっている部分の視野が欠ける、網膜浮腫では視力の低下として自覚されます。とくに、黄斑〈おうはん〉(網膜のほぼ中央にある視力の最も鋭敏な部分)に出血や浮腫があると、視力は極端に低下します。ただし、あとで解説しますが、どの血管が詰まったかによって、症状の現れ方はさまざまで、視力がほぼ失われてしまうこともあれば、本人は全く気付かないでいることもあります。

発症後の継続的な治療が大切

 網膜静脈の閉塞後、3カ月から1年以上経過してから、硝子体〈しょうしたい〉出血や網膜剥離〈はくり〉を起こすことも少なくありません。これらの合併症を防ぐために、発症後の継続的な管理・治療が大切です。

どの静脈が詰まるかで異なる病状

 網膜静脈閉塞症は、静脈閉塞が起きた場所により、病状に大きな差があります。
 網膜の静脈は、眼球の後方にある視神経乳頭〈にゅうとう〉で1本になり、そこを終点に集合するように、網膜全体に枝分かれして広がっています。静脈の枝の部分が閉塞した場合を「網膜静脈分枝〈ぶんし〉閉塞症」と呼び、乳頭部で静脈の根元が閉塞した場合を「網膜中心静脈閉塞症」と呼びます。

網膜静脈分枝閉塞症

網膜静脈分枝閉塞症

 網膜は大変薄い組織なため、網膜内の動脈と静脈が交叉している部分では、血管の外膜(血管壁の一番外側)を共有しています。このため、交叉部分の動脈に動脈硬化が起きていると、静脈もその影響を受けて、血管内径が狭くなったり血液の流れがよどんだりして、血栓(血液が血管の中で凝固して血流を塞ぐこと)が形成されます。
 網膜静脈分枝閉塞症は主に、この交叉部の血栓によって、血流が途絶えることで発病します。閉塞した部分より末梢側の血管から、行き場を失った血液があふれ出して、眼底出血や網膜浮腫を起こします。出血している部分は、瞳孔から入ってくる光が網膜まで届かないため、その部分の視野が遮られます(耳側の眼底が出血していれば鼻側の視野が欠けます)。
 眼底の出血自体は、ゆっくりと時間をかけ引いていきます。出血が引いた後、最終的にどの程度視力が回復するかは、視力にとって一番大切な、黄斑の障害の程度によって異なります。
 網膜浮腫が黄斑に及ぶ黄斑浮腫が高度であれば、視力は回復しづらくなります。とくに浮腫が強いと、嚢胞様〈のうほうよう〉黄斑浮腫(黄斑の視細胞が器質的に変形してしまった状態)に進行して、重度の視力障害が残ってしまいます。また、場合によっては、閉塞部位から末梢側の毛細血管は破綻し消失してしまいますので、閉塞した血管が黄斑の血流を司る静脈だった場合、黄斑の血流が再開せず、視細胞の機能は低下したままで、視力が回復しません。
 一般に症状は、閉塞部位が乳頭に近いほど重く、逆に末端の静脈が詰まって出血が狭い範囲に限られていれば、全く気付かないこともあります。

動静脈交叉現象の主なパターン
a.動脈硬化により、末梢側に伸展した動脈が、血管壁を介して静脈を引っ張るために、静脈が弓なりに湾曲した状態 b.動脈硬化が進み、不透明になった動脈の血管壁が、交叉部の静脈を隠してしまい、静脈の血流が途絶えたように見える状態
c.bと同様に、動脈硬化が進んだ動脈の血管壁が静脈の血流を隠し、交叉部の静脈の先端が細くなっているように見える状態 d.動脈硬化で厚くなった動脈の血管壁が、静脈の血流を妨げている状態。静脈は末梢側で拡張(うっ血)している

網膜中心静脈閉塞症

網膜中心静脈閉塞症

 枝分かれしている網膜静脈は、視神経乳頭で1本にまとまって網膜中心静脈となり、篩状板〈しじょうばん〉という網目のような膜を通過して、眼球の外へと出ていきます。網膜中心静脈は、網膜中心動脈と接しているために、やはり動脈硬化の影響を受けます。血圧の急激な変動がきっかけとなったり、あるいは血管そのものの炎症によって静脈の根元が閉塞してしまうのが、網膜中心静脈閉塞症です。
 根元の静脈が詰まるのですから、影響は網膜全体に及びます。眼底一面に出血や浮腫が広がり、当然黄斑にも出血や浮腫が強く起きますので、視力が障害されます。
 出血は時間とともに引いていきますが、嚢胞様黄斑浮腫に進行したり、毛細血管が消失して血流が再開せずに、網膜の機能が奪われたままで、視力が回復しないことも少なくありません。
 さらに、血流が途絶えたところに新生血管(本来は存在しない新しくできた血管)が伸びてきて、このあと解説する慢性期の合併症を起こす、大きな原因を作ってしまいます。
 なお、網膜静脈閉塞症のうち、8割以上は静脈分枝閉塞症で、中心静脈が閉塞するのは確率的には低いといえます。

症状が落ち着いた後に起こる合併症

 網膜静脈閉塞症では、発症時の眼底出血や網膜浮腫が視覚に影響を及ぼすほか、発症後3カ月から1年以上も経ち、症状が落ち着いた慢性期になって
新生血管が発生した網膜
上方の太い黒矢印:新生血管。その左側では出血が始まっていて、どす黒く見えます 小さい黒矢印:黄斑が傷んでいます 白矢印:静脈の分枝の詰まった部分
から、次のような合併症が起きてきます。

硝子体出血

 閉塞部位から末梢側の毛細血管が破綻し消失すると、そこは無血管野〈むけっかんや〉(血管の存在しない部分)となります。無血管野の細胞は、血管の新生を促す物質(サイトカイン)を放出し、それによって新生血管が発生します。
 新生血管は、硝子体(網膜の内側に位置し、眼球内部の大部分を占める、卵の白身のような無色透明の組織)を足掛かりにして伸びてきてます。新生血管の血管壁は、大変もろくて破れやすいために、容易に出血が起こります。新生血管からの出血が硝子体内に広がると、硝子体が濁って物が見えなくなります。
 新生血管は、網膜無血管野が広いほど発生頻度が高くなります。

(1) 虹彩に発生した新生血
管が隅角を癒着し、房
水の流出が阻害される

(2) 眼圧が上昇し、視神
経乳頭が圧迫される

血管新生緑内障〈りょくないしょう〉

 緑内障は、角膜や水晶体を潤している房水〈ぼうすい〉の産生と流出のバランスが崩れ、房水が増え過ぎて眼圧(眼球の内側から外側に向けてかかる圧力)が高くなり、視神経乳頭が圧迫され、視野が狭くなったり、ときに失明することもある病気です。
 硝子体出血を起こす新生血管は、網膜や硝子体だけでなく、眼球の前方の組織にも伸びてきます。そうした新生血管により、房水の流出口である隅角がくっつき合って房水が蓄積し、眼圧が上昇するのが血管新生緑内障です。
 通常の緑内障よりも治療が難しく、失明の危険性が高いタイプの緑内障です。

網膜剥離

 網膜が眼底から剥がれて、その部分の視覚が障害されるのが網膜剥離です。
 硝子体へと伸びた新生血管は、網膜と硝子体を癒着〈ゆちゃく〉させます。そして、無血管野の網膜は通常よりも薄く、もろくなっています。そこに、硝子体の収縮が加わると、網膜が硝子体に引っ張られて、穴(裂孔〈れっこう〉)ができます。この裂孔から網膜の裏側へ、眼球内部にある水分が流れ込むと網膜剥離が発生し、剥離部分は急速に拡大していきます。
 剥離した網膜の細胞は、短時間で視細胞としての機能を失うため、網膜を復位する手術を早急に施行する必要があります。

若い人の網膜静脈閉塞症の特徴

 網膜静脈閉塞症は高齢者に多い病気ですが、若い人に発症することが全くないわけではありません。若年者に起きる場合、静脈分枝閉塞より中心静脈閉塞が多いという特徴があります。
 血栓により閉塞するケースは少なく、血管自体の炎症や全身の病気(全身性エリテマトーデスなど)が主な原因です。高齢者に起きる中心静脈閉塞が、血管が完全に閉塞してしまうことが多いのに比べ、若年者の場合、通常は完全には閉塞せず、いくらか血流が保たれています。このため、中心静脈閉塞の割に予後は良いといえます。
 治療には、炎症を抑えるステロイド薬が有効です。

急性期の治療と慢性期の管理

出血や浮腫の早期消失をめざす

 静脈閉塞が起きた直後の急性期には、まず、閉塞した血管に血流を再開させるための処置がとられます。血栓溶解薬や網膜循環改善薬(カリジノゲナーゼ)が用いられます。完全に閉塞した静脈が再疎通することは稀ですが、閉塞が不完全な場合には、血流障害の影響を少なくできます。
 これに続いて、眼底出血や網膜浮腫をできるだけ早く消失させるため、レーザー光凝固術が施されます。浮腫が起きている部分をレーザー光で凝固すると、網膜内に溜まった血液成分が脈絡膜〈みゃくらくまく〉(網膜の外側の膜)へ吸収されて、浮腫が改善します。
 なぜ効くのかははっきりしませんが、最近では硝子体を切除する手術(硝子体手術)によっても黄斑浮腫が吸収され、視力の改善が得られることがあります。また、ホルモン剤(トリアムシノロン)の眼球注射(硝子体内注射、テノン嚢下注射)でも効果があるとの報告がみられます。
 急性期の治療で大切なことは、静脈閉塞後できるだけ早く治療を開始することです。静脈閉塞は片眼に発症することが多く、普段は両眼で見ているので、発症に気付かないこともあります。治療開始が遅れると、視力が回復しにくく、合併症は起きやすくなります。

新生血管の発生を抑え、合併症を予防

 症状が落ち着き慢性期に入ると、治療の主目的は、合併症の予防に移ります。
 網膜無血管野があれば、レーザー光凝固で酸素や栄養の必要量を減らし、新生血管発生を促す物質を放出させないようにします。血流改善のため、引き続き網膜循環改善薬が使われることもあります。
 もし硝子体出血や網膜剥離が起きてしまったなら、硝子体手術で、濁った硝子体を人工灌流〈かんりゅう〉液に置き換えて透明にしたり、硝子体や新生血管を切除して網膜の剥離部を元の位置に復位する手術を行います。
 慢性期の管理のポイントは、蛍光眼底造影検査で、新生血管が発生しそうなところ(無血管野)や長引いた浮腫を早めに見つけ、早めに凝固していくことです。同時に、静脈閉塞が起きる最初の原因となった病気(主に高血圧)を治療し、再発を防ぐことも重要です。

今ある視力を守るために

 このように網膜静脈閉塞症は、眼球内に多くの影響を及ぼします。閉塞の部位や程度によっては、患者さん本人が全く気付かないこともありますし、高度の視力障害に至ることもあります。
 大切なことは、幸いにして視力が一旦回復した場合でも油断していると、合併症で取り返しのつかない事態を招いてしまうということです。発症後は、眼科検査を欠かさず受けるようにしましょう。またこの病気は、発症の時期をずらして両眼に起きることもあるので、視力がさほど回復しなかった場合でも、もう片方の眼を守るために、血圧の管理などを心掛けてください。


そうなんだぁー。ひと口に静脈が詰まる病気といっても、発病してからは、いろんなことが関係してくるのね。
でもアイが一番知りたいのは、視力にどれくらい影響が残るかってこと。先生、教えて!

Q. 視力は通常どの程度回復しますか。また、視力回復のカギはどこにあるのでしょう?
A. 最終的な視力を決定する要素は、黄斑部の毛細血管がどの程度残っているかと、黄斑浮腫のレベルによるといえ、そのダメージが少ないほど予後は良好です。
 静脈分枝閉塞の場合は閉塞部位により大きな差がありますが、平均すると、半数以上は矯正視力0.5以上で落ち着き、0.1以下に低下してしまう確率は15~20パーセントです。中心静脈閉塞の場合、多くは0.1以下になってしまいます(ただし若年者なら0.5以上の視力が残ることが多くあります)。
Q. 発症前に、なにか予兆は現れないのですか?
A. 患者さん本人は、発症するまで全くわかりません。予兆として把握できるのは、眼底検査で確認できる動静脈交叉現象です。高血圧を指摘されている人は、血圧をコントロールするとともに、定期的に眼底検査を受けるようにしましょう。


シリーズ監修:堀 貞夫 先生 (東京女子医科大学眼科教授)
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
1999年4月発行